心に希望の光を見つける方法

2022.05.22

読むだけで人生が喜びに変わるブログ

最近、早朝に散歩をしています。
公園の植物たちがとてもイキイキとしていて、
深呼吸するたびに、その生命力を
胸いっぱいに吸い込んでいる感じ。
5月は生命力が溢れている季節、
生命の氣が充満されている季節なんだなぁ、
とありがたく思いながら、歩いています。

一方で、
「5月病」という言葉があるように、
5月は新生活が始まったことによる、
心身の疲れやストレスを感じたり、
落ち込み、うつ、不眠などが
現れる時期でもあるようですね。

そして、とても変な言い方ですが、

「5月病という現代人の抱える問題が、
5月に起こっている」

ということが、
まさに、

宇宙からのメッセージなのかもしれない。

と思うのですよね。

5月病は何のメッセージ

「5月病」というのは明らかに現代病ですね。
4月に学校や職場が変わって新生活が始まり、
ストレスが溜まったり、
生活環境に馴染めなかったりすることが
きっかけになるものらしいですが、
そのような、
学校が4月に始まる、とか
入社式や仕事での配属が4月にある、とか
そういったことは
現代になってからの習慣であって、
昔にはなかったことです。

そしてそのことを考えると、
5月病は現代人へのメッセージ、
ということが言えるかと思います。

先ほど、

「5月病という現代人の抱える問題が、
5月に起こっている」
ということが、まさに、
宇宙からのメッセージ

と書きましたが、これは

現代人たち、
自然に触れなさい。
自然に戻りなさい。
自然のエネルギーを感じ、
吸収しなさい。

というメッセージだと思うのですよね。

だからわざわざ、
植物の生命力の満ち溢れている5月に
5月病なるものを発生させる状況に
現代人を追い込んで、

学校や職場の環境が変わっても、
地球は、変わらずここにあるよ!
小さな環境の中で悩まないで
自然に戻って、
満ち溢れる生命力をただただ感じて!
自然のエネルギーを吸収して!
そしてあなたたちは
偉大な自然の一部なのだから。
そのことに氣づいて!

と言っているように思います。

かたばみが教えてくれたこと

ところで、うちの娘は最近、
かたばみという雑草に夢中です。

私はまったく、
氣に留めたことがなかったのですが、
かたばみはどんな道端にも
たいてい見つけられる雑草で、
三つ葉のはっぱを日中は開き、
夜になって閉じたりします。

娘が、

「ママー!!
かたばみ取って来たよ!
一緒に食べよう!!」

とかたばみを手に、
勢い良く帰ってきたので、

「え??食べる??!」

と一瞬ひるみ、咄嗟に、

「その辺にある雑草は
犬やネコのお○っことか掛かってそうだから、
やめておこうよ」

と言ったところ、

「学校で食べたよ!大丈夫だよ!」

というので、

「学校には犬やネコは入ってこなさそうだし、
学校のならいいけど」

と、その場しのぎで答えてしまったところ、
次の日、しっかり学校でとったかたばみを
ビニール袋に入れて、

「ママー!
学校の取って来たよ!
食べよう!」

と持って帰ってきました(笑)

そして、学校の図書館で借りた
「ハートのはっぱ かたばみ」
という絵本も持ってきてくれて、
かたばみは、食べるとすっぱいこと、
そして、十円玉を磨くとキレイになること、
実際にやったら本当にキレイになったこと、
などを教えてくれました。

子どもにとっては、
雑草でさえも、
不思議で面白い生き物であって、
好奇心の目でキラキラ見ることが
出来るのですよね。

その一件があってから、
私も散歩をする時に、
足元を注意してみるようになりました。

そして、
今までは、上ばっかり見ていた、
ということに氣づいたのですよね。

あー!氣持ちいいな!!
空が青いなぁ
公園の樹の新緑がキレイだなぁ。

などと、上ばかりを見ていましたが、
かたばみの一件があってから、

「そういえば、かたばみの花って
注意して見たことないな」

と思って、
かたばみの花を探したり、

「西洋タンポポと日本タンポポの違いは
がくの部分、って聞いたけど、
本当にそうなってるんだろうか?」

と見てみたり、

「この草、なんだろう?
この雑草にも名前があるんだろうか?」

と氣にして、
散歩の時も足元を見るようになったのですよね。
そして、ポケット野草図鑑などを取り出して、
ふむふむ。と調べたりして、
小さな命に関する氣づきをもらうように
なりました。

それで、足元を見て歩きながら
思ったのですよね。

「上を向いて歩こう」

というと、
ものすごくポジティブなイメージがあり、

「足元を見て歩く」

というと、
ものすごくネガティブなイメージ
ありますよね。

人生は
「上を向いて歩く」ことが良いこと、
と思っている人は多いかもしれませんし、
「足元を見て歩く」のは良くないこと、
前向きに顔を上げてあるくべきだ、
という考えを持っている人が
多くいるかもしれませんね。

そして、

未知の植物や昆虫を見つけようと、
好奇心の目を輝かせて、
足元を見て歩く子どもたちは
足元に何を見つけているのでしょうか?

うつになる人たち、
落ち込んでいる人たち、
引きこもっている人たちは
ちょうど足元を見て歩いている人たち
なのかもしれません。

いえ、
足元を見て歩くことが
わるいことだ、
と思っている人たち、
なのかもしれませんね。

そして、
例えば実際にずっと上を向いて歩いていたら、
階段の段差に氣づかないかもしれませんし、
何より、首が痛くなりませんか?(笑)

闇を恐れていた

光と闇に関しても、

光が良いもの。
闇がわるいもの。

と思っている人も
たくさんいるように思います。

私も、ちょうどそう思っていた一人です。
もう、闇が怖かったです。
闇を恐れて、闇から離れたり、
取り除くことに一生懸命でした。
結構な年月を
そのことに費やしていたように思います。

特に私の場合は、
祖母や母がうつだったり、
私自身も20代半ばに
引きこもっていた時期があったので、
うつ=闇
のような感じで、
これから逃げたい!
という思いが人一倍強かったのです。
自分の中の闇を拒絶していた
のですね。

つまり、その時は、

「闇の役割」
に氣づいていなかった

のです。

闇の役割に氣づく

自分の中の闇を拒絶する
ということはどういうことか、
それは闇を「わるいもの」と捉えて、
ただ闇を葬り去ろうとする、
ということですね。
それは、ちょうど
こんな感じなんじゃないかな?
と思います。

例えば、忍者が来て、
お殿様に
「こんな敵が待ち構えています!
今の戦略は間違っています!」
と報告してきたとします。

お殿様がその忍者を
曲者(わるもの)と捉えて、
報告を無視し、
なかったことにしてしまったら、
敵に攻められて、お殿様も含めて
全滅してしまうかもしれません。

一方、
お殿様がその忍者からのメッセージを
「意味のあるもの」と捉えたら、
「今の方向性は
本当に間違っているのだろうか?
違っているとしたら、
どこが違っていたのだろうか?」
と考え直したり、
「では、どういう作戦を立てれば
いいだろうか?」
と戦略を練ることができて、
その結果、国を救うことが出来ます。

闇にも闇なりのメッセージがある

のですよね。

闇なりのメッセージとは

昔、主人と旅行に行くのに、
夜中に車で東北道を走っていたのですが、
その時の星空の綺麗だったことが
いまだに忘れられません。

夜もネオンで明るい都会からは
星はよく見えないので、
わからなかったのですが、
星って、見えないだけで
実際はこんなにあるんだ!!!
という、
その時にはもう立派な大人でしたけれど(笑)
子どものような新鮮な驚きで、
「うわー!!」
と感動したのを覚えています。

真夜中の田舎道で
周りが真っ暗だったからこそ、
星が綺麗に見えたのですよね。

そして、
高層ビルから眺める夜景がきれいなのも、
ビルの明かりが
点々と闇の中に浮かび上がるから
美しく見えるのですよね。

また、
私の大好きなディズニー映画に
「モアナと伝説の海」
というのがあるのですが、
その中で、
サンゴ礁から先の海に行ったことのない
主人公の女の子が
島を救うためにたった一人で
航海にでるのです。

その時に、
「あの、釣り針の形の星座を
目指して行きなさい」
とお祖母ちゃんに言われて、
釣り針の星座を目指して航海するのですが、
当然、昼間は星座が見えないので、
進むことができないのですよね。
夜になってはじめて、
「あの釣り針の星座を目指して行けば、
目的地にたどり着ける!」
とわかり、
そこを目指して行けるのです。

昔の人は、北極星を見て、
あっちの方向が北だ、
とわかったそうですが、
それも同じですよね。

どれも

暗闇の中だからこそ

わかることがあるのです。

足元を見て歩くこと
暗闇の中にいること

それ自体に意味はなく、
それは、ただ、
足元を見ている、という状態であり、
暗闇にいる、という状態のことで、
そこに何を見つけるか
ということなのですよね。
これが、人生において、
最も重要なことだと思います。

さて、皆様は「闇」に、
どんな意味や価値を見つけていきますか?


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