こうやって現実を創り出すんだね

2022.07.20

読むだけで人生が喜びに変わるブログ

先日、打ち合わせに車で外出し、
帰りに駐車料金を支払おうと思って、
駐車番号を確認しました。

わざわざ番号を見に行って、
それで、「うん、1ね!」
と確認して、「1、1、」
と頭の中で繰り返しながら
支払う機械のところに行き、
そして、そこでなぜか、
無意識に「3」を押して、
駐車料金を支払ってしまいました(笑)

駐車料金2860円。
なんだか、高いなぁ、
とも思ったのですよね!
それで、支払ってから、
「あ!!!」と氣づきました。
そうだ!「1」だったじゃん!!

そうしたら、ちょうど
「3」の方が車の中にいらしたので、
声を掛けてみました。
配送業者の方でした。

「すみません、
間違って「3」を払っちゃいました」
というと、
「あ、そうですか」とのこと。

「あ、えっと、、、
間違ってそちらの分を支払ったので、
もしよかったら、
ちょうど出るところでしたら、
その金額を返してもらえませんか?」
と言ったのですが、
「そういうことは出来ません」
と言われました。

悪氣は全く感じられません。
ただ、
あなたが間違えたのと
自分の駐車料金は別の話でしょ、
ということなのだと思います。

私が勝手に支払ったのだし、
「ま、それはそうだ!!!」
と、思って、
その方の駐車料金2860円と
自分の駐車料金を支払って帰ってきました。

ただ、自分が逆の立場だったら、
駐車した人がその金額を払うべき、
と思うので、
「あ、そうなんですね!」
と言って、
自分の駐車料金を出すけどなぁ、
と思ったのですよね。
そうしたら、
なんだかモヤモヤしましたし、
こういう間違えをする自分にも
イライラしました。

そして、
こういうことが起きて
自分や相手にモヤモヤするというのは、
人間レベルの話であって、
これを神レベルで見ると、
また話が全然変わってきます。

前回のブログにも書きましたが、
起こった出来事を神レベルでみると、
このシナリオの謎が解けますし、
愛の感情に満たされるのです。
(そのシナリオの解明は最後に☆)

さて、こういうことも
私が自ら創り出した現実ですが笑
先日も、
「やっぱり人は確実に
現実を自分で創っているんだなぁ」
としみじみ思うことがありました。
それは、
不登校の小学生の子どもがいて、
それで悩んでいる、という
ある親御さんのお話を聞いた時です。
(実は最近、しょっちゅう
不登校の子の話を聞きます)